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2005年09月04日

女帝モード(マティルダ 1102年-1167年)

4596322651勇者は死なず
デボラ ヘイル Deborah Hale ささらえ 真海
ハーレクイン 2006-09

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ヒストリカル最新刊(2006.9)こちらのおはなしの舞台は1143年のイングランド。ヘンリー1世の長女、女帝モードと甥のスティーブン王との間で国を二分しての王位継承争いが起こっていた時代。


イギリス王家系図(12世紀) ( )内は没年

1ウィリアムT世(-1087)     
  Lロバート(ノルマンディー公)(-1135)
  L男 
  L2ウィリアムU世(-1100)
  L3ヘンリーT世(-1135)=マティルダ(スコットランド王女)
  |       Lウィリアム(-1120)  
  |       Lマティルダ(女帝モード)
  |          L5ヘンリーU世(-1189)
  Lアデイラ=スティーブン(ブロワ伯)
            L4スティーブン王(-1154) 




ヘンリー1世はノルマン朝を開いた征服王ウィリアムの四男。
当時はまだ王位継承のルールも決まっていない時代。
戴冠は早い者勝ちといった感じ。
ウィリアム1世には長男ロベール(ロバート)がいたものの、
三男も四男(ヘンリー1世)も長男を出し抜いて王位についています。

さてそのヘンリー1世の娘がマティルダ。マティルダというのは当時女性の名前としてよっぽど好まれていたのか、実はマティルダばっかり。母親もマティルダ、本人もマティルダ、スティーブン王の王妃もマティルダ・・・。というわけで12歳で神聖ローマ帝国の皇帝ハインリヒ5世と結婚した彼女は女帝モード(マティルダ)と呼ばれています。(この結婚は年の差22歳!)

イギリス 王妃たちの物語イギリス 王妃たちの物語
石井 美樹子

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英国王妃物語
森 護
4385431302


さて、王位継承者は長男のウィリアムと決め、ゆるぎない治世を治めていたヘンリーT世のもとに飛び込んできたのが一人息子ウィリアムの事故死(1120年)のニュース。若干17歳。一人娘のモードはすでに嫁いだ身。直系による継承をあきらめたヘンリーは一時は王位を妹の子、甥のスティーブンに譲ることを考えます。

が・・・モードの夫、ハインリッヒ5世が1125年44歳で急逝したことで事態が大きく変わってしまいます。ヘンリーは、再び直系による王位継承をもくろみます。しかし神聖ローマ帝国(ドイツ)からやって来たモードはイングランドでの人気は低く、すんなりとは王位継承者として受け入れられない状況。そこでヘンリーはモードを10歳年少のアンジュー伯と再婚させ、孫への王位継承も狙います。1133年には長男アンリ(のちのイングランド王ヘンリー2世)が生まれます。

こうした中、ヘンリーは1135年にモードを後継者に指名して亡くなります。ヘンリー1世の生前に、王位を要求しないことを誓約していた甥のスティーブンが、この誓約を無視してイングランド王として即位。こうしてモードとスティーブン王との間に王位継承の戦いが始まります。

モードを支持する異母兄弟(ヘンリーT世の庶子)グロスター伯率いるアンジュー伯派は、1141年にスティーブン王を破り(リンカーンの戦い)、王を捕虜とする勝利を挙げたりもしますが、結局は国王派を制圧できず、モードは"Lady of the English"の称号を名乗るにとどまります。1147年にはグロスター伯が亡くなり、1151年には夫アンジュー伯も死去。

ロマンスとは関係ないけれど、この時代のおはなしで人気なのがエリス・ピーターズのミステリー小説、修道士カドフェルシリーズ。
この時代の流れが年単位で非常によくわかります。次代背景を知りたいならこのシリーズは是非おすすめです。

聖女の遺骨求む ―修道士カドフェルシリーズ(1)
聖女の遺骨求む ―修道士カドフェルシリーズ(1)エリス ピーターズ 大出 健

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stars小説と併せてどうぞ。
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一時劣勢に陥ったアンジュー伯派は、モードの長男アンリの活躍で攻勢に転じます。彼はフランス王ルイ7世と離婚したエレアノールと結婚(1152)し、アキテーヌ侯領を入手。(王妃エレアノールへ)ノルマンディー公・アンジュー伯・アキテーヌ公を兼ねてフランスに大勢力を築きます。1153年、20歳のアンリは、大軍を率いてイングランドに上陸。スティーブン王と和解して、イングランド王位継承者として承認させ、翌年スティーブン王が死去すると、ヘンリー2世としてイングランド王位を継承します。これがプランタジネット朝です。

モードは息子ヘンリー2世の治世を見届け、1167年にフランスで死去します。



本こちらのヒストリカルロマンス作品も同時代
4833546248真夜中のレディ
ローリー グラント Laurie Grant 平江 まゆみ
ハーレクイン 1997-10

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2000年01月01日

ヘンリー1世&マティルダ王妃

ヘンリー1世(1068-1135)
父親はイングランドにノルマン朝を開いた征服王ウィリアム。
四男ながらちゃっかり、といおうか兄の死にすかさず
王位についているしっかりもの。愚王と言われる兄ウィリアム2世とは違って、後の世でも『賢王』の誉れが高い王です。

イギリス王家系図(12世紀) ( )内は没年

1ウィリアム1世(-1087)     
  Lロバート(ノルマンディー公)(-1135)
  L男 
  L2ウィリアム2世(-1100)
  L3ヘンリー1世(-1135)マティルダ(スコットランド王女)

  |       Lウィリアム(-1120)  
  |       Lマティルダ(女帝モード) 
  |          L5ヘンリー2世(-1189)
  Lアデイラ=スティーブン(ブロワ伯)
            L4スティーブン王(-1154) 



さて、このヘンリー王が登場するヒストリカルロマンスのご紹介。
王の定めにより 憎しみの果てに
シャーリー・アントンの『ウォルモント』シリーズです。
HS-75 『王の定めにより』、HS-161『憎しみの果てに』
それぞれ長男ジェラードと異母弟リチャードが主人公。
くわしくはこちら

ここに登場するヘンリー王というのがヘンリー1世のこと、そして王妃マチルダはヘンリー1世妃のマティルダのことです。女帝モードとよばれたもうひとりの『マチルダ』は2人の娘。『憎しみの果てに』では、ハインリヒ皇帝と王女の婚約式にヒーロー、リチャードが兄ジェラードの名代として参加するというところからお話が始まりますが、この婚約式、実話なんですね〜。(女帝モードと王位をめぐる争いについてはこちらもどうぞ)

さて、話をヘンリー1世に戻しますと、彼は賢王としても有名ですが、好色でも有名。なんと庶子の数だけでも20人以上!この辺の史実をしっかり取り入れているのが、『ウォルモント』シリーズ。当時は庶子の存在が当たり前の時代。
ヒーロー二人は見た目そっくりな美男の異母兄弟という設定。おまけにリチャードは兄を助けるよき弟です。異母兄弟争う史実が多いのですがお話の世界では、ジェラードにも庶子デイモンがいて、ヒロイン、アーディスも庶子、実子の隔てなく可愛がるやさしい母として描かれています。

ヒストリカルのヒーローにはこうした庶子持ちヒーローが多い。なんでわざわざ庶子を登場させなきゃいけないの・・・という設定もあって、そのわけのわからないところもヒストリカル〜!!!微妙に史実をフィクションにしているところがツボです。

『王の定めにより』の中ではマチルダ王妃は、ヘンリーの王妃でありながらサクソン人の高貴な家の生まれのため、ノルマン人の宮殿にとけこめずにラムジーの修道院に隠棲しているという設定(1101年)。平凡な器量ながら、慈愛に満ちた女性で、ヒロイン、アーディスのよき理解者で、子供の名付け親にまでなってくれる。

で・・・本当はどんな王妃なの?
ということで↓こちらに詳しい。
4309472745英国王妃物語
森 護
河出書房新社 1994-09

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エディス・マティルダ(1080-1118)
エディス・オブ・スコットランドともいう。
実は彼女はスコットランド王の娘。
さらには母方は由緒正しきサクソン王家の血筋。
ヘンリー1世は賢王にふさわしい妃を選んだといわれていますが、その理由がこれ。二人の結婚で、それまで争いが絶えなかったスコットランドとの関係が一気に安定化。結婚後すぐに一男一女に恵まれ、1118年37歳で急死するまでの18年間の結婚生活は幸せハートたち(複数ハート)(だったろうな・・まあ、20人も庶子がいたとはいえ、王妃ですからね。王妃。)さらにマティルダ王妃は弱きもの、貧しいものへの善行で知られ、国民の信頼と人気は絶大だったといいますから、やっぱり幸せだったろうな・・・う〜む、でもダイアナ元妃の例もあり、美貌で国民の人気が高く・・・37歳・・・イメージはもうダイアナ妃・・・。

さて妄想はさておき

マチルダ王妃の父親はスコットランド国王マルカム3世(1093没)
母親はサクソン王エドマンド2世の孫マーガレット

サクソンの姫君が、ノルマン人に追われ、船で逃げる途中に難破しスコットランドの海岸に漂流しているところを若い男やもめのマルカムに助けられたという。その美貌に一目ぼれのマルカムの妃に迎えられる・・・こりゃ、こりゃハーレクイン顔負けのロマンスですね〜。
詳しくは英国王妃物語をお読みください。

現在のエジンバラ城が居城。
三男二女に恵まれるも、マルカムがイングランドとの戦いで戦死すると、マルカムの弟ドナルドと先妻との子ダンカンとの間で王位継承の争いが勃発。(マーガレット王妃自身はマルカムの死後、夫の後を追うように亡くなる。)マーガレットの5人の子供はイングランド王を頼ってイングランドへ。こうしてエディスが預けられたのがラムジー尼僧院(ウインチェスター南西部に実在したんですね)。この尼僧院で13歳から20歳までを過ごします。母に似て、エディスも美しい女性だったといいます。

で・で・・・ここからが、
ロマンスファンの脚色(?妄想)が突っ走る〜。
脚色しがいのある話、すごいんですね〜。
尼僧院にいたはずなのに、なんでか知らないけれど、時の権力者の弟(当時)、ヘンリーの目にとまってしまったエディスは、周囲の反対も押し切ってめでたくイングランド王妃に黒ハート20歳の花嫁〜(結婚式は1100年11月11日だそうです。ヘンリーは1100年の8月に即位したばかり。)

僧院にいたのに…、
王の弟とひそかに会い、憎からず思うように…
美貌のうわさの高い彼女にひかれたヘンリーが王弟の特権を利用して接近…

きゃ〜、誰かロマンス小説化して!!!というおはなし。
(この際、スコットランドを手に入れるための政略云々というのは置いておこう・・・)


↑私のらぶらぶイメージを見事に裏切って『王の定めにより』に登場するマチルダ王妃とヘンリー王は全然ホットじゃない・・・だいたい平凡な中年・・・というイメージなんですよ〜。まあ、この部分は作者、シャーリー・アントンの創作ということで、割り切ればそれはそれで全然問題なし。かえって面白い。

『王の定めにより』のヘンリー王&マチルダ王妃から
私の頭の中では新たに2つのロイヤルロマンスが・・・!



ロマンスってやめられません。


ウィンチェスター
イングランドで最も歴史ある町の一つ。ローマ人の軍都として始まり、9〜10世紀にはイングランドの中心地として繁栄。11世紀にはウィリアム一世が戴冠式を行うなど、当時は王国の首都的存在だった。











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