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2005年06月05日

ヘンリー3世(1207年 - 1272年)

ヘンリー3世(1207年 - 1272年)

父はジョン王(欠地王)
母は第2王妃イザベラ・オブ・アングレーム(フランス人)
妃はエリナー・オブ・プロヴァンス(フランス人)

ヘンリー3世の父親は、イングランドの大陸領土(現在のフランスの一部)を失った王として有名なジョン王。フランスの領土問題とマグナカルタに象徴される王権と議会との確執を引き継いだまま、父王の死によって9歳で王位に就いた。

1227年、20歳になり親政を開始。

父ジョン王が失ったフランスの領土を回復するため、1229年と1242年にフランスと戦ったが、結局西南部のアキテーヌ地方を占領され、フランス王ルイ聖王とパリ条約を結び休戦。イングランド王がフランス王に対して臣下の礼をとることでアキテーヌ地方の領有を認められた。

一方、イングランド諸侯に不信感を抱いていたヘンリー3世は、母方(フランス人)の親族や妻の実家のプロヴァンスやサヴォア家の一族を側近として重用。イングランドの諸侯の反発も招き、1258年にはシモン・ド・モンフォールの乱により、王権の監視と定期議会の開催を認めることになり、1265年にはマグナカルタを正式に承認することになる。

王妃エリナー・オブ・プロヴァンス(1223‐1291)はイングランドではエレアノール王妃とよばれる。(ヘンリー2世妃、リチャード、ジョン両王の母、アリエノール・ダキテーヌもエレアノールとよばれるので注意)。フランス、プロヴァンス伯爵レーモン4世の娘。姉マルグリートはフランス王ルイ9世の王妃。

1236年にヘンリー王と結婚したというから、当時13歳。幼い彼女の輿入れにはフランスから母方の伯父4人が同行した。ヘンリー王自身のポワトーびいきに加え、エレアノール王妃のサヴォアびいきが加わりイングランド宮廷では人気がなかった。王との間には2男2女。長男エドワードがエドワード1世(次代)。長女マーガレットはスコットランド王アレグザンダー3世の王妃。

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